いま、このときにできること
こんにちは。唐澤です。コミュニケーション専攻のみなさん、今、どんな毎日をお過ごしですか?
いつもなら、桜の中で新学期を迎え、どんな授業を取ろうかとか、新入生のサークルへのリクルートをしたり、わくわくする毎日。履修登録を終え、授業の課題がはじまったところで、ゴールデンウィークを迎えて、ちょっとリラックスする頃です。
今年は、そんな当たり前の日々が一転してしまいました。文化心理学を専門とする私にとっても、衝撃の出来事でした。「自分が当たり前だと思っていたことが、国や文化が異なる人にとっては、当たり前ではない」。初めてのアメリカ生活での経験をきっかけに、多くの国を訪れ、さまざまな人の生活や考えに触れながら、仮説を立て、実験や調査を比較文化研究を行ってきました。
しかしながら、COVID-19の感染の広がりは、この研究生活が続けられるのか不安にさせました。ヨーロッパでの急速な感染拡大、その後のアメリカでの刻々とした変化は、飛行機に乗って、外国に行くという当たり前の生活を奪いました。文化が違うと自己のかたち、人のこころのあり方が異なることを探求してきた私は、「当たり前が当たり前でないことはある」ことを前提として研究を続けてきました。ただ、これだけ短い期間に劇的に変化することは想定外でした。文化は、人間が長い歴史の中で培ってきた日常生活の総体と捉えて続けてきた研究でした。これからどう進んでいくのか、上気道炎を伴う花粉症の症状と共に、不安は膨らむばかりでした。
そんなとき、私を変えたのは、文化心理学の仲間の研究活動の知らせでした。現在進行中の「社会的規範の制約性の文化比較」の共同研究者は、動けない今、既存のデータを二次分析し、感染の拡大に対する社会的規範適応行動の文化的要因の関連を検討していました。若手の文化心理学研究者たちは、こうした事態における行動制御について、世界中の研究者に呼びかけ、今しかできない研究をスタートしました。
医学の専門家でも生命科学の専門家でもない私たちには、この事態に直接の効果ある研究はできません。そればかりか、行動自粛で今までの実験や調査が困難になってしまっています。先が見えず、多くの行動が奪われたときに、私たちは不安と怒りといったNegative感情を増大させてしまいます。でも、文化心理学の仲間たちは、自分ができることを見つけ、ベストを尽くしていました。
研究についてじっくり考えてみる時間ができたと考えようと思い、今までの積み上げてきた研究室の成果を見直しはじめました。例えば、ミニマリスト幸福感尺度では、自己高揚感を高め、拡大していくこれまでの幸福感尺度とは異なり、いまあることにしあわせを感じることを測定できます。行動を表出するのでなく、現状に適応させる日本的な幸福感は、自粛行動に重要な役割を果たすかもしれません。他者への影響を考えながら自己の行動を抑制するという課題は、自立と共生を併せ持つ、新たな文化的自己観を生成するかもしれません。研究へのアイデアと意欲がわいてきます。
そしてまた、このときに、コミュニケーション専攻にいることは重要でした。専攻スタッフは、メディア、情報、多文化を専門とする頼もしい仲間です。この不測で不安な状態に立ち止まることなく、新たな授業方法に、研究関心へと挑んでいます。そしてまた、パソコンの画面上で再会したゼミの学生たちの粛々と学びを進める様子が、私をどのくらい元気にさせていることでしょう。
いままでの「コミュニケーション」が当たり前でなくなった今、あらためてコミュニケーションとは何か、研究のアイデアがたくさん生まれてきそうな予感がします。今回のCOVID-19対策に対する女性リーダーの活躍も報告されています(CNN)。ハーバード大学のギリガンが唱えた、もうひとつの声、「配慮と責任にもとづく判断」が世界をリードしていくかもしれません。いま、コミュニケーションで学ぶみなさんが、未来をつかみとってくれることを信じています。