志村けん死亡報道がもたらしたもの ―最近の調査から

初めまして。コミュニケーション専攻の橋元です。

この「専攻ブログ」デビューという意味でも「初めまして」ですし、何より、この4月に本学に着任したばかりで、先生方や学生の皆さんに対しても文字通り「初めまして」です。

新しい環境下での教育・研究生活のスタートということで戸惑うことも多く、と書き始めたいところですが、それ以上に、この新型コロナウィルス禍で、人生始まって以来の大混乱です。なにしろ、もう5月も終わろうとしているのに、大学の教員でありながら、まだ誰一人として着任先の学生の皆さんにお目にかかっていないのですから。とはいえ、この困惑は私一人のことではなく、世界中の人が感じていることでしょう。

私はこれまで「コミュニケーション」について、色々な研究をしてきましたが、最近は情報環境の変化に伴う人々の生活や意識の移り変わり、情報社会の問題点について実証的に研究することが多くなってきました。

このコラムでは最近実施した調査研究の結果を一つ紹介したいと思います1)。調査は緊急事態宣言が発令される前の3月中旬と発令後の4月中旬の2回、同じ調査対象者に対して実施したもので、宣言発令前後のメディア利用行動や孤独感などの心理状態の変化、デマへの接触、遠隔勤務の実態など、様々な質問をしています。ここでは、その結果が新聞やネット記事で取り上げられた質問項目の一つを紹介します。

それは「新型コロナ感染症の広がりに伴って生じた様々な出来事の中で、あなたが身の危険を強く感じたことは何か」という質問への回答です。

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1❩全国15才から69才の男女が対象のインターネット調査。橋元良明らの研究グループが第1回は2020年3月9-16日、第2回は4月15-17日に実施。最終有効票3,170。結果は電子書籍として丸善出版から刊行予定。

結果の一部をグラフ化したものを示しましたが、「政府による緊急事態宣言発令」や東京や外国での感染者の激増などよりも「志村けんさんの死去」が最も回答比率が高かったのです。皆さんもよくご存じの非常に人気のあったお笑いタレントですが、いつもにこにこしていて人々を愉快にし、元気はつらつとしていた彼が突然コロナに感染し、入院後10日もたたず死去されました。そのニュースを始めて知った情報源の第一位(41.1%)は「ネット記事」というのも、いかにもネット社会ならではです。

新型コロナ感染者の発症日の推定から、人々が実際に自粛行動に移り、感染が下火に転じた最大の転換点は、この「志村けん死去報道」の日(3月30日)であったとする計算結果もあります。緊急事態宣言発令や小池都知事の自粛要請会見よりも、ひとりの芸能人の死亡ニュースの影響が大きかったという結果は、私にとって非常に興味深いものでした。

また、我々の調査から、新型コロナ禍で人々のテレビ視聴時間、ネット利用時間、Netflixなどの動画配信サービスの利用時間が大幅に増加したという結果が出ています。これらは予想通りでしたが、別の質問で、コロナ禍で「将来を考える時間が増えた」「仕事以外の時間や活動が大事だと強く思うようになった」と答える人が多く、「自分を見つめ直したり、気持ちを整理したりする時間」「何かに集中できる時間」もコロナ禍以前より増加しています。

今回の事態は多くの人に大きなダメージを与え、社会の混乱をもたらしたことはまぎれもない事実ですが、勤労者にとってワークライフバランスの本来の姿や、学生も含むすべての人にとって、生きる意味・価値を問い直す良い機会になるのではないかと思います。中にはこの事態で孤独感が強まったという人もいます。しかし、ある意味で孤独は自分を見つめ直すよい機会です。マサチューセッツ工科大学の心理学者シェリー・タークルの言葉に「孤独のなかで、私たちは自分自身を見いだす」(青土社『一緒にいてもスマホ』)というのがあります。この時期だからこそ、自分の生き方や将来をゆっくり考えてみるのもいいのではないでしょうか。

橋元良明
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