日本人を元気づける日本礼賛番組のことからコロナ禍について考えてみた
『Youは何しに日本へ?』(テレビ東京系列)というテレビ番組を見たことはあるだろうか。日本の空港に降り立つ外国人とおぼしき人たちに来日目的を聞き、密着取材をお願いする。フランスからはるばる日本までポケモンのゲームを探しに来た若い女性、メロンパンを愛するドイツ人夫婦など、日本人が想像していないような日本/日本人の良さを旅の中で見せつけてくれる。日本人として見ていて悪い気はしない。
では、『知られざるガリバー』(BSテレ東)はどうだろう。世界に通用するどころか世界を席巻する日本の製品の数々とそれらを発明・製造している会社が毎回紹介され、とても見応えがある。電子レンジをはじめさまざまな製品に使用されているタクトスイッチ。スイッチの大きさ、押したときの感触、押したときに音がする/しない・・・・。スイッチひとつでこうも工夫ができるものかと感動し、さらには日本のものづくりの技術は本当にすばらしいと感動に浸り、タクトスイッチについてネット検索する私。
日曜のお昼に放送されている『百年名家』(BS朝日)に魅了される人たちもいるのではないか。この番組で紹介されるのは主に明治・大正期に建てられた日本国内の建造物で日本人の手によるもの。惜しみなく使われている質の良い建材、繊細な意匠、伝統的な日本の技、モダンさを感じさせる和洋折衷などの当時の日本人の工夫や知恵が伝わってくる。ちなみにこの原稿を書いている7月19日(日)の放送回では、東京女子大学のチャペル、本館、校舎などの建築も手掛けたアントニン・レーモンドが軽井沢に残した建築の数々が紹介された。
ついつい前置きが長くなったが、『Youは何しに日本へ?』のような日本人を褒める"日本礼賛"番組は2013年以降に数多く放送されるようになった。バラエティ色の強いものもあるが、教養番組の部類に入るものもある。私が所属している「メディア利用と日本人」プロジェクトという研究チームが2019年5月に調査したところ、紀行・旅番組を除く、日本の良さや日本人の良さなどの日本をテーマとする番組は、地上波とBSを合わせ一週間当たり20本以上放送されていることがわかった。読者の中には「かなり多い」と感じる人もいることだろう。
そうした番組は、日本人に何をもたらすのだろうか。日本人は褒められるとついつい「それほどでも」「全然すごくないよ~」と自己卑下しがちである。そういう国民性であることはしばしば指摘されてきた。しかし、褒められて悪い気がする人はいない。それは自分が褒められるときはもちろん、自分が所属する集団が褒められるときも当てはまる。つまり、「日本人はこんなにすごい」「日本の会社はすばらしい」と褒めたたえる日本礼賛番組は、日本人に自信を持たせ、日本を好きにさせる機能があると推察される。これは社会的アイデンティティ理論という社会心理学の理論によって説明できる。本当に日本人は日本礼賛番組を見て誇らしい気持ちになるのか否か、またどのような「すごい!」が最も効果的であるのかについて、研究チームとして今後調査していく。
世界的なコロナウィルスのパンデミックにより、東京オリンピック・パラリンピックが一年延期となった。緊急事態宣言解除から1カ月が経過し、東京では感染者数が過去最多を更新する日もある。日本人が、そして東京都民はどんなことを誇りにパンデミックに立ち向かっているのだろうか。米国・エール大学教授の岩崎明子氏は、日本でCOVID-19の感染者数が少ないことの要因可能性として、1)日本人の習慣・文化、2)弱毒型ウイルスに既に感染、3)日本人はSARS-CoV-2受容体が少ない、4)SARS-CoV-2に強い組織適合性抗原を持っている、5)BCG接種が防御になっている、を挙げている(Why does Japan have so few cases of COVID‐19? Akiko IWASAKI and Nathan D. Grubaugh著、EMBO Molecular Medicineに掲載 )。
これらの説は最近、テレビなどのマス・メディアで頻繁に紹介されているため、見聞きした人も多いだろう。これらの説の真偽を確かめるためには、様々な専門分野の研究者が協力してデータを収集し分析しなければならない。でも、もし「日本人の習慣・文化」が感染を抑制しているのだとしたら、日本人の生活習慣をはじめとする文化様式は世界に向けてマス・メディアなどのメディアを通じて発信されるだろう。そのことがまた、日本人をよい気分にさせ、"日本が好き""日本人でよかった"といった愛国心を高める可能性がある。
そうなればよいが、東京を中心に再びコロナウィルスの感染は確実に拡大している。「どうなる日本?」「どうなる東京?」と心配している人も多いだろう。このままうまくコロナ禍が終息してもしなくても、セルフサービングバイアス(自己奉仕的バイアス)によって、私たちはその原因であろうことを推測し、納得するだろう。つまり、日本においてコロナ禍が短期間に終息すれば、日本特有の原因を挙げ納得し、そうでなければ制御不能な状況のせいにしたり、犯人捜しをするだろう。それではあまりにも無責任であり、情けないのではないか。であれば、コロナウィルスの特徴に関する確かな情報を自ら入手することに努め、自分の行動には責任を持つ、そんな当たり前の人間でありたいと思う。それは日本人だから云々という驕りを超えるためにも必要なことなのではないか。