新型コロナウイルスとインフォデミック

2020年という年は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19,以下「新型コロナ」)の世界的感染拡大が社会に大きな影響を与えた点で歴史に残る年となりました。医学関連の分野は言うまでもなく、世界中で多数の新型コロナに関連する社会科学的研究成果が発表されています。例えば、新型コロナに関する間違った情報がSNSなどのメディアを通じて世界中で氾濫し、多くの混乱をもたらしましたが、その原因の解明や対処法などに関する研究などがあげられます[1] [2] [3] [4]。

トイレットペーパーを買い占める人たち

こうした状況はinfodemic(インフォデミック)と呼ばれています。Infodemicとは informationとepidemicを組み合わせた造語で「信頼性の高い情報とそうではない情報が入り混じって不安や恐怖と共に急激に拡散され、社会に混乱をもたらす状況」(令和2年版「情報通信白書」内の定義)を指します。この言葉は、SARSが流行していた2003年5月に、政治学者でありジャーナリストでもあるDavid J. Rothkopfがワシントンポスト紙に投稿したWhen the Buzz Bites Backという記事の中で用いたのが始まりです。最近、テレビニュースなどでもよく見かけるWHOのテドロス事務局長が2020年2月15日のスピーチの中で"... we're not just fighting an epidemic; we're fighting an infodemic. Fake news spreads faster and more easily than this virus, and is just as dangerous."とインフォデミックの危険性に言及したことにより、多くの人に知られる概念となりました(なお、日本語のウエブサイトには「WHOにより使われ始めた造語」という誤った記述が散見されますが、こうした重要な用語についてはその出典を調べるよう心がける必要があります)。

ネットのデマ情報に驚く人

用語の解説はさておき、日本でも「コロナウイルスは熱に弱く、26~27度のお湯を飲むと殺菌効果がある」とか「花こう岩などの石はウイルスの分解に即効性がある」などの間違った情報がSNSなどを通じて広く拡散しました。こうした誤情報やフェイクニュースを信じるのは年配の人たちで、ネット世代の自分たちはあまり騙されないと思っている学生も少なくないようですが、総務省が2020年5月中旬に行った調査(PDF)によると、その認識は必ずしも正しくなく、むしろ若い世代ほど、こうした間違った情報を信じてしまったり、共有・拡散する割合が高いことが明らかになっています。みなさんもSNSなどのネット上で流れる新型コロナに関する情報を安易に信じたり、その情報の真偽を確認する(ファクトチェック)ことなしに拡散することがないよう、日頃から心がけましょう(新型コロナに関する誤情報についてはファクトチェック・イニシアティブの「チェック済み情報まとめ(国内編)」が参考になります)。

ただ、そうは言っても近年ネット上に溢れている嘘の情報には、かなり手の込んだものも少なくなく、簡単には真偽のほどを見分けられないものも少なくありません。例えば、ディープフェイクと呼ばれるAIの技術を応用した動画や音声の中には、多少知識のある人でも見抜くのが困難なくらい巧妙に作られているものがあり、海外では大きな事件に発展した事例も報告されています。今や利用者の情報リテラシーを高めるだけではなかなか対処が難しい時代になっていますが、これまで以上に個々人が情報の判別能力を高める努力をすることが求められています。

東京女子大学のコミュニケーション専攻では、こうした問題を扱う授業も少なくありません。

斉藤 慎一

引用文献リスト

  1. Cinelli M, Quattrociocchi W, Galeazzi A, Valensise C.M., Brugnoli E, Schmidt A.L, Zola P., Zollo F., & Scala A. (2020).The COVID-19 social media infodemic, Scientific Reports,10, Article number: 16598. DOI: https://doi.org/10.1038/s41598-020-73510-5
  2. Jamison K. & Albarracin D.(2020). The relation between media consumption and misinformation at the outset of the SARS-CoV-2 pandemic in the US. The Harvard Kennedy School Misinformation Review, 1, special issue on Covid-19 and misinformation.
  3. Pulido C.M., Villarejo-Carballido B., Redondo-Sama, G., & Gomez A. (2020). COVID-19 infodemic: More retweets for science-based information on coronavirus than for false information. International Sociology, 35(4), 377-392 https://doi.org/10.1177/0268580920914755
  4. Rothkopf, D.J.(2003, May 11). When the Buzz Bites Back. The Washington Post. https://www.washingtonpost.com/archive/opinions/2003/05/11/when-the-buzz-bites-back/bc8cd84f-cab6-4648-bf58-0277261af6cd/
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