テレビはコロナ不安を煽っている
月並みだが、歳とともに物忘れが尋常の域を超えてきた。
昨日の昼、何を食べたか思い出せない。持病で結構多量の薬を飲んでいるが、朝、薬を飲んだのかどうか忘れてしまう。愛犬チコに与えた餌の食いつきが悪いので、体調でも悪いのかと心配したが、ひょっとして今朝、もうすでに1回与えた可能性が生じてくる。
歳とともに朝起きるのが早くなっているが、早く起きて一体何をしていたのか、記憶の彼方に消えてしまう。もう完全にアルツハイムの住民である。
ことは研究面にも及んできた。先日、インタビュー原稿のために、調査データを分析していたら、できあがったグラフを見て、なぜか見覚えのあるものができた。よくよく考えてみれば、珍しく依頼を受けてすぐ、期日のだいぶ前に一度、同じ物を作成していた。それがまったく同じ物であれば、2度手間だったなあ、で済むが、作成時期の異なる二つのグラフで微妙に数値が違っている。同じデータ、同じ分析方法で計算をしたにも関わらず、である。どちらかを採用すればいい、で済むものではない。なぜこの二つの数値が異なるのか、結局、その原因を突き止めるのに小半日を要した。最初の分析のあと、データクリーニングをして、いくつかのサンプルの回答を削除したことがその理由であった。そのことを完全に忘れていた。
あほらしいことで時間を無駄にした埋め合わせをする意味でも、当該の調査の結果の一部をこのコラムで紹介させていただく。
我々の研究グループでは、このコロナ禍での人々の情報行動や生活様式、価値観の変化を継続的に調査している。人々は概して在宅時間が長くなり、その結果、テレビ視聴時間もかなり長時間化した。テレビでは、朝から晩まで、コロナ禍の状況について、多くの時間を割いて報道している。なんやかんやといってもテレビは視聴率を稼がなければならない。視聴率を稼ぐ手っ取り早い題材は、人の不幸と男女関係のもつれ、そして不安の増幅である。とくに某局などは、情報バラエティで連日、お決まりのコメンテーターを呼んでは、いかにコロナが恐ろしいか、勢い勇んで叫び続けている。その甲斐あって視聴率も横並びトップに躍り出た。
我々のグループは、テレビを長時間見ているほど、さらにワイドショーを見ているほど不安が増幅されるという直感が本当かどうかを調査によって分析した(橋元研究室とNTTセキュアプラットフォーム研究所との共同研究の一環。ウェブ調査。2021年1月20-21日実施。N=2915)。
質問は、政府による今月の緊急事態宣言が発出(2021年1月8日)された直前とその後で、「新型コロナウイルス感染症に対する危機感」がどう変化したかを3択で聞いている。図では「テレビ視聴時間低群(110分以下、43.2%)」と「高群(110分超、56.8%)」、「ワイドショーを見ない群(54.9%)」と「見る群(45.1%)」を分けて結果を示した。図に示されるように、テレビ視聴時間が高い群、ワイドショーを見る群において、「危機感がとても増えた」と答える比率が高くなっている(それぞれ危険率1%、0.1%未満の水準で有意)。テレビの視聴時間やワイドショーの視聴については性差がある。この結果は男女差を反映している可能性があるので男女それぞれ別個に分析してみても結果は同じである。
また、別の質問で「この先の1ヶ月であなたまたはあなたの家族が新型コロナウイルスに感染する確率は何%程度だと思いますか」という質問をしているが、相関分析の結果、テレビ視聴時間が長い人ほど、ワイドショーの視聴時間が長い人ほど、感染確率の見積もりは有意に高かった。
別の調査では、とくに若年層において、ネット利用時間がテレビ視聴時間をはるかに凌駕していることが明らかになっている。しかし、我々の調査では、「トイレットペーパーの不足情報」に最初に接した情報源も、マスクの買いだめに走ったきっかけとなった情報源も、全年齢層でネットよりテレビの選択比率が高い。情報源に対する信頼性も圧倒的にネットをテレビが上回っている。やはり現代でも、テレビの影響力はいささかも減じていない。