スタイルシフト ―タメ口とデス・マスのミックス、気づいてますか?―

私は、社会の中でことばがコミュニケーションにどんな風に使われているかを研究しています。今日は、日常のおしゃべりに見られるある現象を考えてみましょう。

まず、ひとつ質問です。 「A 友達や家族と話す」、「B 部活の先輩と話す」という場合なら、みなさんは次の言い方のどちらを使いますか?

(1) 3月なのに、まだ寒いね。
(2) 3月なのに、まだ寒いですね。

多分、Aなら(1)、Bなら(2)という人が多いのではないでしょうか。(1)はいわゆるタメ口(普通体)、(2)はデス・マス体(丁寧体)で、2つの言い方は文体(スタイル)が違うということになります。私たちは、この人にはデス・マスで話す、あの人にはタメ口というように、相手(との関係)によって話し方を決めています。...が、それは本当にいつも絶対そうなっているでしょうか?

(3) 後輩:センパイ、今年の夏の合宿、いらっしゃらないってほんとですか?
  先輩:うん、夏にロンドン行くんで。...っていっても、語学研修だけどね。
  後輩:えー! いいなー。うらやましい!
  先輩:うん、楽しみ♪
  後輩:研修って、どのぐらいの間ですか?

(3)では、後輩は先輩に基本的に敬語で話していますが、下線の部分はタメ口になり、またすぐデス・マスに戻っています。同じ話し手が同じ相手と話している時に丁寧体と普通体の間で交替(シフト)が起きることを、社会言語学ではスタイルシフト(またはレベルシフト)と呼んでいて、実は日常会話では山のように見られます。私たちは、「この相手にはこの文体」と決めているようでいて、無意識のうちに別の文体をふっと混ぜているのです。

スタイルシフトがもたらす効果については、いろいろなことが分かっています。例えば(3)の「いいなー。うらやましい!」なら、後輩のタメ口は独り言のようにも聞こえ、感情をストレートに表している感じを与えます(「いいですねー。うらやましいです!」と比べてみてください)。こうした話し方をたまに混ぜることで、基本は敬語で接している先輩との心理的距離を微妙に縮めるという効果もあるでしょう。先輩に対して全部タメ口だと生意気、なれなれしいと思われてしまう場合でも、時々ちょっと入れることで親しい雰囲気も出せるのです。

会話を楽しんでいる様子

次は、いつもはタメ口で話す友達にデス・マスを使っている例です。

(4) マミ:リサ、先週の数学の宿題、写させてー。
  リサ:やだよー。マミ、いっつもさぼってるんだから。
  マミ:そう言わずに。見せてください。ね、どうかお願いします! 次からちゃんと自分でやりますからー!
  リサ:えー(苦笑)......マミったら、もう今度だけだよ!
  マミ:やったー! サンキュー!

頼みごとを断られたマミさんが、続く下線部の発話だけデス・マスに切り替えたのは、低姿勢で懇願している様子を出そうとしたのかもしれません。または、いつもと違う口調をわざと使ってユーモア交じりにもう一押ししたのかもしれません。いずれにせよ、普段はタメ口の会話にもデス・マス体が出てくる場合はあります。

女性が会話している様子

みなさんも、けっこう上の例のようなスタイルシフトをしたり、人がそうするのを聞いたりしているのではないでしょうか。なにげないおしゃべりの中でも、私たちは無意識に異なる話し方を行き来しながら、相手との心理的距離を調整したり、コミュニケーションに変化をつけたりしているのです。スタイルシフトは、他にもさまざまなコミュニケーション(たとえば大学の講義や国会中継の質疑応答、バラエティ番組の出演者のやりとりなど)に現れていますし、その機能や効果も多様です。みなさんも身のまわりのいろいろな場面でスタイルシフトに気づいたら、それがどんな風にはたらいているのか考えてみるとおもしろいですよ。

熊谷智子

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