チコのこと

あまりにも私的な些事で、新学期早々にふさわしくない話題かも知れません。でも、これで自分自身の一つの気持の区切りをつけることができるかとも思い、この場でお話しさせていただくことをお許しください。

チコ

チコというのはこの2月まで8年間、我が家で飼っていたトイプードルの名前です。昨年の専攻ブログにも、眼鏡をかけたチコの写真を掲載させていただきました。
チコは2013年の10月、突然、我が家にやってきました。私が、玄関のドアを開けると予期せぬことに一匹の子犬がワンと吠えたのです。その前に娘が犬を飼いたいと言い出したのですが、私は反対しました。ペットが嫌いだったわけではありません。幼い頃から実家では3匹の猫を飼っていました。私は、人間は嫌いですが、動物は嫌いではありません。当時、集合住宅の我が家には、3人の娘と一人の伴侶がいました。彼女らの性格と日頃の行動習性を熟知する私は、もし犬を家に入れても、最初こそかわいがりはすれ、すぐに世話をしなくなることが容易に予期できたからです。狭い我が家に迎えても、犬が不憫という思いもありました。ところが、私が許しもしないのに、勝手にショップから生後3ヶ月のメスのトイプードルを買ってきたのです。

不幸にも私の予測はあたりました。彼女らが世話をしたのは最初の1、2週間だけで、それ以降は、餌やりも散歩もトイレの世話も、すべて私がせざるを得ないはめになりました。犬の方も当然、世話をしてくれる人に好意を寄せます。私が朝、家を出るときは玄関まで見送りに来て、私が帰るときには、集合住宅の廊下を歩く靴音で判別がつくのか、玄関まで迎えに来ます。こんなことは他の家族にはしません。

2020年の4月、私は本学に着任しました。最初、毎日大学に来て、研究室で勉強をするつもりで6ヶ月定期を買ったのですが、例のコロナ禍で授業はすべて遠隔。結局、定期はほとんど使いませんでした。解約ができることを知ったのは5月も終わり頃です。そのころ、3人の娘は皆、独立して家を離れていました。伴侶も仕事で日中は家にいないため、ほとんど在宅の私は、四六時中チコと同じ空気を吸う生活になりました。息抜きに居間のソファに座ると、私の膝の上に乗るか、身体をくっつけて横で寝て、頻繁に顔なめの挨拶を繰り返します。

チコ

そのような状態が続く中、昨年の年末に頻繁にお腹を下すようになり、さらに小刻みに震えるようになりました。正月になって休日診療をしている動物クリニックに行き検査をしたところ、肝臓関連の検査数値が測定不能なほど悪く、重度の肝臓障害と診断されました。原因は不明でした。食欲もなくなりました。その後も体調は回復せず、CTスキャンや遺伝子検査など、いくつかの検査の結果、1月末に、血液の癌であるリンパ腫およびそれに基因する多臓器不全であることが判明しました。余命は、長くて3ヶ月と言われました。いくつか提示された選択肢のうち、せめてひと月でも長く生きてほしいと願い、抗がん治療を施すことにしました。しかし、本格的な治療を始めて2週間後の2月21日、治療の甲斐なく自宅でその短い命を終えました。

トイプードルの寿命は15、6年と言われています。チコは8才で永眠しましたので、寿命の半分しか生きなかったことになります。

チコのエサは基本的にドッグフード。これと言って美味しいものも食べさせてもらえず、飼い主は勝手によく旅行に行くけれどその間、自分はペットホテルに預けられて、何の楽しいこともなかった人生だったかもしれません。
息を引き取る直前、じっと私の目を見つめて弱々しく最後の顔なめをしてくれました。まるで「おとっつぁん、ずいぶん世話になったね。ありがとう」と言っているようでした。

最後は居間で私が臨終を見届けました。チコにとって、それだけは、ちょっと幸せだったかな。今まで旅行にも連れて行ってあげなかった償いに、リタイアしたらまず、チコと一緒に車で北海道一周ドライブでもしようと思っていましたが、それもかなわぬ夢となりました。せめてお盆のときだけでも帰ってこないかな。

日没

橋元良明

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