東京女子大学のSS精神とは?

子育てが始まってから2年間、良くも悪くも完全に子ども中心の生活になった。毎日の生活で自分を捧げる日々に幸せを感じる一方で、自身を省みることができていない自分に対する焦りと憤りも感じている。このような「骨抜き」の幸せを意思なく享受する中で、あらためてこの場で東京女子大学のミッションの柱である「犠牲と奉仕(Service & Sacrifice)の精神」を省みたいと思い、本ブログのテーマとさせていただいた。

タブレットを持つ大学生

東京女子大学の犠牲と奉仕の精神(SS精神)を知る足掛かりとして有用であるのが、校章に込められた意味に関する初代校長の新渡戸稲造の次の言葉であろう。 「この学校の精神、キリストの精神を示すものがいいと思う。たとえば犠牲と奉仕ということほど、この精神を代表するものはない。また、みなさんの全生涯を通じてこの精神ほど大切なものはないと思う。英語では Service and Sacrice だ。この頭文字の S を二つとって、これを並べてもいいし、打ちたがえて卍形にするのもおもしろい、これは十字架の形でもある。人間は縦の関係が大切だ、これは神と人との関係であり、横の関係は個人と個人の交わり、社会性を現わしているのが十字架の形である」(1)。 すなわち、キリスト教を基盤とした東京女子大学の犠牲と奉仕の精神は、「人と神との関係」「人と人との関係」という2つの要から成り立ち、神の存在を常に自分の中に抱きながら、「赤の他人」に対しても「愛おしい隣人」として自らを捧げることのできる精神を意味するといえよう。 実際に、「神の目」が内在したキリスト教文化圏の人たちは、周囲の状況に依らずに一貫して犠牲と奉仕の精神や行動を示すことが示されている(2)。それに対して、日本社会では周囲に「人の目」がある状況では犠牲と奉仕の精神や行動を示すが、人の目がない匿名状況ではそのような精神・行動は大きく低下することも示されている(3)

このようにみると、東京女子大学の犠牲と奉仕の精神は、日本文化にはなじまないのではないか、という疑問も生まれるかもしれない。しかし、棚村(2013)が指摘するところによると、『武士道』を著した初代学長の新渡戸が想定していた女性像は、家庭の中で自らの意志で犠牲と奉仕に徹した日本の武家の女性であり、彼自身の母親そのものであったという(4)。 ここで注意が必要な点は、傍点を付した「自らの意思で」という点である。日本文化に置かれた人々は、自ら他者を思いやり、他者の心に配慮した行動をとることを心がける傾向がある(5)。しかしそれと同時に、上述したように「人の目」(周囲から自分がどのように見られるか・評価されるか)を気にして、犠牲と奉仕をする傾向も確認されている(6)。 日本の残業やマスク着用も、自らの心の内から沸き上がった能動的な犠牲と奉仕ではなく、周囲からの期待に心なく応える受動的な犠牲と奉仕になってはいないだろうか?

子育てする家族

ここまで東京女子大学の犠牲と奉仕の精神の内容を省みる過程で、2年間の子育て生活での「骨抜き」の幸せにも、SSカーブのごとくしなやかな骨となり得る精神があることを確認することができた。そして、その精神は世界中で異文化間の対立と多様性への希求が葛藤する現代社会において、中核となるものであろう。 東京女子大学の学生も、授業や課外活動の中で、周囲が自分をどう思うかよりも、周囲に自分が何を与えられるか、というSS精神を持って行動することができているだろうか。そして自分自身、学生がそのような精神を身に着けるための教育をできているだろうか。 余裕のない日々に流される中で、東京女子大学での自分の芯となる芽をおぼろげながらも捉えられた気がする。

<参考文献>

  1. 東京女子大学 (2022). 学生要覧2022. 東京女子大学.
  2. Niiya, Y., Handron, C., & Markus, H. R. (2021). Will This Help Be Helpful? Giving Aid to Strangers in the United States and Japan. Frontiers in psychology, 12, 784858-784858.
  3. Yamagishi, T. (1988). The provision of a sanctioning system in the United States and Japan. Social Psychology Quarterly, 51(3), 265-271.
  4. 棚村惠子 (2013). 新渡戸稲造の教育論における 「犠牲と奉仕」. 東京女子大学紀要論集, 64(1), 127-144.
  5. 唐澤真弓 & 平林秀美 (2013). 思いやりの文化的基盤: 就学前教育にみる他者理解の比較文化的研究. 東京女子大学比較文化研究所紀要, 74, 65-92.
  6. Hashimoto, H. (2021). Cross-generational differences in independence and interdependence: discrepancies between their actual and ideal selves in the Japanese cultural context. Frontiers in Psychology, 12:676526. doi: 10.3389/fpsyg.2021.676526
  7. 福島慎太郎

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