テヘラン大学(イラン)日記 11号 (2007年2月5日月曜日)

2007年にイランのテヘラン大学で1ヶ月弱、日本語を教える機会を持ちました。そのときに毎日のように日記を書き、電子メールで発信をしていました。そのときの原稿が出てきたので、今回はその中から、ある一日の日記を以下、紹介します。

日記本文

学生と交流する松尾先生の姿

朝、8時からの授業、時間が早いこともあるのか、学生がぱらぱらと遅れてやって来る。少し、遅れてやって来るグループが落ち着くまで待とうかと思い、質問を投げかけてみた。「この前、皆さんに聞いたところでは、卒業してもなかなか日本語を使う機会はないということでしたよね。例えば、日本の会社も英語がしっかりできる人がほしいということでしたよね。それなのに、皆さんの中には鏡の前で一人で会話練習している人や、バスの中で友だちと会話練習している人もいます。どうして、そんなに頑張ろうという気持ちになるのか教えてくれますか」と率直に質問してみた。学生はすぐには答えない。

ちょっとだけ答えを待つと、「好きだから」との答えがあった。「それだけ?」、「好きだからです。だから、頑張ります」、「何が好きなんですか?」、「日本語が好きなんです」。この学生、言いたい内容が日本語でうまく言えないからこう答えているのではないようだ。本当に好きなんだろう。どうして好きなのか言語化できなくても彼女にとっては真実なのだ。他の学生は「私は日本語について高い目標を持っています。4年間では、そこまで行くことができません。だから、卒業しても勉強を続けていきます」と発言した。「でも、卒業しても日本語を使える場所がないでしょう」と聞くと、「できれば翻訳がしたいのですが・・・」との答えだった。真面目な学生にとって日本語を学ぶ動機は何かの手段や利益のためではない。ただ、学びたい、もっと向上したいという思いである。

日本人や、日本語の歌、ドラマ、映画などにほとんど接する機会がなく、日本へ観光で行きたくてもビザを取得するのは極めて難しい。イランと日本の政治的関係は必ずしも良くない。しかし、多くのイランの人は親日的である。レストランに行っても日本人であることが分かると「そうですか、日本人ですか」と微笑まれることが多い。また、限られた情報ソースのなかでイランの人は日本について知ろうとしている。今日、日本語学科の事務室にいると、テヘラン大学の工学部の学生が訪れ「日本が大好きなんです。日本のアニメは素晴らしい。日本語はとても、とても美しい。だから、ちゃんと勉強したいのですが、その方法を教えてもらえませんか」と目を輝かせて質問していた。

逆に、イランに対してこれほどの興味、関心をどれだけの日本人が持っているのであろうか。日本で伝えられるイランとは核兵器を開発しようとしている危険な国、イスラム原理主義的な国、どこか危なく、掴み所のない国といったところだろう。目先の利益のためではなく、純粋に日本語が好きで、日本に興味があるという理由で、ここまで熱心に日本語を学ぼうとしている学生の存在を日本の皆さんに知ってほしい。そして、万が一にもアメリカ主導でイランに空爆などという企てを起こしそうになったら大きな声で反対を叫んでいただきたい。私の学生やその隣人を危険には晒せないのだ。

イランのマーケットの様子

2022年7月現在

実は、その後、このときの学生の一人が、日本留学の夢を果たし、広島大学で博士号を取得しました。わたしは彼女の学びを折りに触れサポートしてきました。彼女は日本で何か災害が起きると必ずお見舞いの連絡をくれます。また、年始の挨拶も欠かしません。わたしからも連絡を取ります。こうやって、細くではありますが、日本語教育を通して、イランとの縁が長くつながっています。

松尾 慎

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