子どもと文化 ―おもちゃについての文化心理学的考察―

私たちは毎日、さまざまな文化の中に生きています。誕生から死に至るまで、書籍や芸術、食べ物、祭事、人間関係、会社や学校など、多様な文化に接触し、取り入れ、自己を形成していきます。こうした日常生活=文化接触が、私たちの心理にどんな影響を与えているのか、また社会にある価値や人間観をどんなふうに生成しているのかを明らかにしようとするのが、文化心理学です。

この分野のおもしろいところは、日常生活の観察を通して、問題を発見し、実験や調査を始めることにあります。異文化を訪れたときは"発見"がたくさんあります。例えば、アメリカやフランスのスーパーで野菜や肉を買うとき、量り売りが多いことに気づきます。パックや袋入りに慣れている日本人の私は「手間がかかるな」と感じますが、この買い方には、「自分が好きな分量を買う」というコントロール観や自己選択を大切にする文化的自己観が表されています。こうした選択の重要性を、Iynegerら(Iynger & Lepper,2000)は、アメリカ人の子どもが自己選択課題をより張り切って行うといった実験結果で明らかにしました。文化心理学では、日常生活での"発見"を、人間の行動や認知、脳反応といった心理プロセスで検証していくのです。また人間の創造物である、本、絵画や映画、また広告やWEBページといった文化的産物(Cultural Products)にも、文化にある人間観をみつけることができます。ここでは、おもちゃを例にしてお話しましょう。

パリのマルシェの様子
パリのマルシェ きのこ専門店
ペルー製の手作り人形の写真
ペルー製手作り人形 Hannah

昨夏、2年半ぶりに訪れたアメリカで、かわいいお人形をみつけました。写真のうさぎ人形はHannahといい、Cuddle+kindが販売しているものです。Hannahには、たくさんの文化が詰まっていました。ペルーの女性が一つ一つ手作りをしているこのお人形には、1つ購入すると、必要としている子どもの食事10回分の寄付となる仕組みを持っています。Hannah人形が一人の子どもに幸せを与えると同時に、ペルーの女性作家や10人の子どもにも幸せを届けることができるのです。SDGs意識の高いアメリカ文化がしっかりと反映されているといえるでしょう。さらにHannahにつけられていたタグには、誕生日はJuly 10、"I can do it if I do not give it up"といった夢に向かった前向きの姿、アメリカで優勢な文化的自己観、Independent Selfを明示したメッセージが書かれていました。みんなが同じ"花子ちゃん"人形を持つのではなく、自分で選んだユニークなおもちゃという個性や多様性が強調される文化に触れることになっているのです。

同じおもちゃやさんの中でみつけたのは、ジェンダー意識への工夫でした。BRIOというスエーデンの木製おもちゃのメーカー、ご存知ですか?線路や電車が有名で、ジェンダーステレオタイプから見れば、男の子用おもちゃとして判断されるでしょう。ところが、最近、ディズニープリンセスキャッスルといった、列車とプリンスを組み合わせた製品を売り出したのです。電車の色がピンクだったり、ドレス姿だったりとまだまだ改訂の余地はあるかもしれませんが、ジェンダーバイアスを改善しようとする試みだといえるでしょう。日本のおもちゃ売り場では、男女で売り場が分かれていることが多く、性別役割がはっきりしています。最近、京都大学の森口先生らのグループが、日本における子どものジェンダーバイアス認識がアメリカより早く、4歳頃からみられる結果を発表しました(Okanda,et al,2022)。これは、幼少期のおもちゃによる文化的学習の影響ともいえるかもしれません。おもちゃの中の文化は、想像以上に子どもはさまざまな価値や知識を取り込み、自分を作っていくといった文化的学習に影響を与えているのでしょう。日本の子どもが接触するおもちゃの工夫で、ジェンダーギャップを小さくすることができるかもしれません。

文化心理学では、文化による違いを理解し、文化的ステレオタイプや偏見を超えて、文化を作り上げていく可能性を示してきています。コミュニケーション専攻で学べる文化心理学は、人間の文化への適応と主体性、さらには変化を導き出すヒントをたくさん与えてくれます。国内外の移動や旅行が再開しはじめました。異文化に触れ、たくさんの"発見"を楽しんでください。そして、その "発見"を持って、ぜひコミュニケーション専攻にいらしてください。

唐澤真弓

TOP