西荻慕情
本学に移ってきてから4年目になります。前職の定年の関係上、本来、もう少し早く大学を去ることになっていたのですが、もっと永く研究・教育を続けたいと思い本学への転籍を希望し、幸いにしてその望みをかなえていただきました。私の近年の研究テーマは「ネット社会」における人々の情報行動の変化、デマやネット依存などの課題の探求ですが、情報環境の変化は凄まじく、日々刻々と変わっていく社会の状況を、少しでも長く実証的に検証し続けたいと考えてきました。
とはいえ、本学でも、文字通りあっという間に定年を迎えることになり、今年度をもってキャンパスを去ることになります。これまでの本学のご厚情には心から感謝申し上げます。
私がこちらに来た2020年の4月は、コロナ禍が始まり第一波のピークを迎えようとしていた時期で、授業も会議も遠隔ビデオで行われることになり、キャンパスに足を運ぶこともほとんどありませんでした。せっかく、第二の人生を新しいキャンパスで、と意気込んでいたのに肩透かしを食った感じでした。
本学で授業を始めて特に驚いたのは学生さんの出席率の高さでした。最初は、遠隔ビデオ参加だからそうなのかと思いましたが、翌年以降、対面授業に戻ってからも出席率の高さは低下せず、必修であれ選択であれ、9割を切ることはありませんでした。私の大学時代は、学園紛争も過去のものとなり、大学や社会を改革しようという志をもった学生はほとんどいなくなって、あらゆる面で目標を喪失した「ロスジェネ」第一期の時代でした。とくに私の通っていた国立の文学部の学生などは、ほとんど授業に出ることもなく、また「サークル」などに熱中することもなく、日々全身脱力しながら生存しているという状況でした。たとえば、1限の英語など、30人クラスで出席者は3、4名。先生も状況を認識しているので、中世英語のような難解な英語のテキストを、自分で読み自分で訳し、授業を1時間くらいで切り上げるとスタスタと教室を退出していました。出席者の3、4人というのは、クラスで順番を決めた担当者で、先生の訳文をひたすら書き取り、試験時にはそれをガリ版で刷ってみんなに回し、無事全員単位取得、というような感じで乗り切っていました。英語に限らず、当時の文学部では、できないやつが授業に出て、できる人間は家でひたすら本を読む、と言われていました。
東京女子大学とは、けっこう古くから関わりがあり、私の大学院の指導教官の奥様は東女のご出身でした。東女に非常勤で教えに行って見初めた、などといううわさもありました。大学で助手(今の助教)になったとき、大学の付属施設の新聞資料センターの業務管理補佐を任され、夏休みになると15人前後のバイトを雇って資料整理をお願いしていましたが、大学の先輩で東京女子大学で教えていた方の紹介で、毎年、本学の学生さんにお手伝いいただいていました。その中には、今でも年賀状のやりとりをしている方が数名います。それだけではなく、当時の私の在籍校には、大学にあまり行かなくても、「合コン」などで東女生とお付き合いしていた学生も多く、同級生の中で奥さんが東女出身という人が結構おります。若い頃の私にとって、「トンジョ」という言葉には、堀辰雄の小説が喚起するようなコノテーションの世界があります。
ともあれ、縁あって本学の教壇に立つこととなりましたが、実は「西荻窪」についてはあまりよく知らないままにここまで来てしまいました。大きな理由は、コロナ禍で、そもそもキャンパスに来る機会少なかったからですし、また、もともとそういう風土なのか、時期的にたまたまなのか、職場を同じくする先生方と西荻周辺で酒席をともにさせていただく機会にあまりめぐまれなかったからです。それでもランチ時にはネット情報などを頼りに、ラーメン、カレー、カツ丼、蕎麦、町中華等、評判のB級グルメにあたってみましたし、ほとんど一人飲みながら、駅周辺の焼き肉、ジンギスカン、居酒屋、立ち飲み屋にも寄りました。西荻の飲み屋の特徴は、新宿などと違って、サラリーマンの集団がほとんどおらず、多くは地元の常連さんが席を占めていることで、よく見てみると、何人かの客には、注文を言わなくても店主からつまみが次々と出されることでした。できれば、あと5年ぐらい、この地の飲み屋さんに通って、そういう客になりたいと思いました。
運動不足解消のためもあり、西荻の駅からは大学までよく徒歩で通いましたが、その通学路でも、東京の他の新興住宅地や下町にはない、ユニークなお店をいくつか発見しました。たとえば、「シェア型レコード店」というショップです。ここは10畳くらいの小さなお店で、70年代80年代のレコードやカセットテープが所狭しと並べてあるのですが、通常の卸売りではなく、一般の人々が棚を借りるというかたちで、ガレージセールのような感じで棚を貸しているのです。メルカリやネットオークションもある時代、思い出のこもったレトロなレコードを、棚を借りて並べ、それをまた、マニアが店に来て買って帰る、というのは、いかにも音楽に対する愛着が感じられて、そこで売買されたレコードの演奏者にとってもきっと本望でしょう。ついでながら、その近くにある「日本で唯一のまじめな猫の首輪専門店」。店の前には「猫の首輪自動販売機」もあるのがユニークです。今は猫を飼っていませんが、そのうち飼うことがあれば、ぜったいこの店に来て首輪を買って帰るつもりです。
とにもかくにも、少しだけ歩いても、他の地域にはないユニークな雰囲気をもつ西荻という街。本学を退官した後もときおり散策に来てみたい。正門で追い返されるかも知れないけれど、遠くからでもまた東女のキャンパスを眺めてみたいと思います。