ART&LOGIC
はじめに
皆さんは大学で何を学びたいですか? 大学は何を学ぶところだと思っていますか? 学生から見た大学の役割の一つは,専門分野の学問の知識を持っている教員が,その専門知識を学生に教えることではないでしょうか.物理学科なら物理学を学ぶし,経済学科なら経済学を学びます.本学の心理・コミュニケーション学科のように,複数の学問分野を持つ教員が集まって,より広い知識を教えている学科もあります.渡辺が属しているコミュニケーション専攻のホームページには,「コミュニケーションに関連する『メディアコミュニケーション』『情報デザイン』『多文化コミュニケーション』の3つの領域を横断的に学び、多様化する社会で必要とされるグローバルで多角的なコミュニケーション力の育成を目指します。」と書いてあります.
学問は専門知識が体系化されたものと言えます.物理学ならさまざまな理論が提唱されて,理論だけで真偽が判断できるものもあれば,実験によって裏打ちされるものもあります.実験によって,それまで予測されていなかった新たな発見があることもあります.物理学は数学で記述できるので論理的に記述されており,客観性や再現性に優れています.物理学は自然科学の代表ですが,社会科学では人間の行動や社会の構造を明らかにします.人間や社会を数学だけで記述するのは困難ですが,客観性や再現性や信頼性などを確保するためにさまざまな工夫が行われています.論理的に吟味されて選び抜かれた知識が体系的に積み重なったものが学問です.
Logic(論理)
自然科学はもとより社会科学においても,学問では論理的な思考が重要です.論理的な思考は,数学や物理学のような自然科学だけでなく,社会科学や人文科学においても重要です.学問の基本と言って良いと思います.ですから大学は,論理的な思考を学ぶところであるとも言えます.文献や資料を調べて,論理的に考察して,研究目的の答えを得るための調査や実験を計画・実施して,論理的にその結果を検討して,卒業論文にまとめることも論理的な思考が必要です.
でも,論理だけでこの世の中は良くなるのでしょうか?人々は幸せになるのでしょうか?大学が学問の塔に閉じこもって世の中と隔絶してはいけないと思うので,社会課題を解決し人々を幸せにすることも大学は視野に入れておかなければなりません.では大学で学ぶ学生は論理力の他に何を身につける必要があるのでしょうか?そのひとつが感性です.
Art(感性)
人間は論理的な性質だけを持った生き物ではありません.人間は感性的な生き物でもあります.人間の感性に訴えかけることで,人間の心を動かすことができます.また,何かの善し悪しを判断するときに論理だけで判断することが難しい場合があります.そのときに感性が役に立ちます.感性なんかで判断して大丈夫か,そんな非論理的なと思うかもしれませんが,感性は人間が生きる上で重要な役割を果たしています.人間は,スローな論理的思考を使わずにファストな感性的思考を使って直感的にさまざまな判断をしていることが多いです.論理を元に長い議論を積み重ねて出した結論よりも,感性で直感的に出した結論の方が正しかった経験を皆さんもお持ちではありませんか.(人間であるが故に,論理的に議論しているつもりがいつのまにか論理とはかけ離れた議論になっていることも多いです.)
『認知心理学』[1]は,三浦[2][3]を引用して,感性を次のように定義しています.
創造や表現などの心的活動にも関わるものとして「ものやことに対し,無自覚的,直感的,情報統合的に下す印象評価判断能力」「多元的,不完全,複合等の特徴を持つ情報に基づき,全体的・直感的に,印象評価,総合把握,ひらめき等の形ををとって,状況にあった判断あるいは発見を行う能力」
複雑な問題に対して総合的に判断するときに感性が重要になることがわかると思います.
渡辺が専門にしている情報デザインにおいても,論理だけでユーザが使いやすいデザインを生み出せるかを考えると,感性の重要性に気づかされます.ユーザが使いやすいデザインを生み出すためには,ユーザの感性に訴えかけるデザインが必要です.ユーザの感性に訴えかけるデザインを生み出すためには,ユーザの感性を理解する必要があります.ユーザの感性を理解するためには,ユーザの感性を理解するための感性が必要です.
iPhoneもSteve Jobsの感性で生み出された製品だと思います.エンジニアや心理学者やデザイナーが論理的に議論しても,iPhoneのような革新的な製品は生み出せないと思います.
Art&Logic
ですから,大学で学ぶ学生は,論理的な思考力だけでなく,感性も身につける必要があります.論理的な思考力と感性の両方を身につけることで,社会課題を解決し人々を幸せにすることができると思います.
Art&Logicを実践していた著名人の一人がルネッサンスの巨人であるレオナルド・ダ・ヴィンチです.レオナルド・ダ・ヴィンチは,芸術家としても優れていましたが,科学者としても優れていました.レオナルド・ダ・ヴィンチは,論理的な思考力と感性を身につけていたので,科学者としての研究だけでなく,芸術家としての創作も行っていました.その後,科学技術が発展すると共に論理力だけが重要視されて感性力が軽視されてきたように思います.
2022年11月にChatGPTという生成AIが登場してついに汎用AIが登場するのかと世間を驚かせました.AIはコンピュータですから人間よりも論理的なので,人間よりも優れた論理力を持っています.しかし,AIには(少なくとも今は)人間のような感性がないと思われます.AIに多くの役割を奪われかねない今後の人間の役割を考えるとき,人間が持つ感性の力を伸ばすことが重要です.
コミュニケーション専攻の情報デザイン領域では,1年生必修の「コミュニケーション概論 II(情報デザイン)」で感性の重要性と感性を育む方法を教えています.1年生の半分近くが履修する「アプリ作成入門」(注:残念ながら,2024年度を最後にこの科目は閉講される予定)では,「そうぞう(想像)とそうぞう(創造)」というキーワードの元,個人の感性を活かして何を創りたいかを想像し,それを実現するためのアプリを作成してクリエイティビティを育てています.
まとめ
論理力が重視されてきたこれまでと異なり,今後はアートな感性も重要な理由を理解していただけたでしょうか.大学で学ぶ皆さんは,論理的な思考力と感性を身につけて,社会課題を解決し人々を幸せにすることができる人材になってほしいと思います.若い皆さんは感性を育む素質を持っています.Art&Logicを実践して,論理的な思考力とみずみずしい感性を身につけてください.期待しています.
参考資料
- [1] 箱田,都築,川畑,萩原(2010)『認知心理学』,有斐閣,p46.
- [2] 三浦佳世(2005)「美術・造形の心理ー感性の情報処理」子安増生編『芸術心理学の新しいかたち』誠信書房,pp.104-128.
- [3] 三浦佳世(2006)「心理学と感性ー知覚と表現の実証研究を通して」都甲潔.坂口光一編『感性の科学ー心理と技術の融合』朝倉書店,pp.59-76.